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絶対にデレてはいけないラブコメ/神田夏生

 

絶対にデレてはいけないツンデレ (電撃文庫)

絶対にデレてはいけないツンデレ (電撃文庫)

  • 作者:神田 夏生
  • 発売日: 2021/01/09
  • メディア: 文庫
 

 お気に入り度:☆★★★★

 

 

<感想>

大切なものは誰だって隠したがるものだから

 今すぐ君に××だと言いたい。言えたら、いいのに……

「勘違いしないでよね! あなたみたいな人、全然『好きじゃない』んだから!」

そんな、一昔前に流行ったツンデレヒロインみたいなセリフから、俺と蒼月水悠の物語はスタートした。
常にツンツンしている蒼月さんはクラスでも浮いた存在。だけどある日を境に二人きりで話すようになって、冷たい言葉の裏に温かさが隠れていることを知っていく。本当は優しい子なのに、どうして彼女は誰にもデレないのか? それは、蒼月さんが抱える不思議な過去が関係していて……。

――これは自分を偽る少年少女が、好きな人に「デレる」までの、恋のお話。

 

神田先生の新作、とーっても良かったです。

 

物語は過去のトラウマが原因でキャラクターを演じて毎日を過ごす少年・夜船史吹が好意的な言葉を発しようとすると真逆の言葉を口にしてしまう不思議な呪いにかかった少女と接することで少しずつ変わっていく青春ストーリー。

 

呪いや魔法使いというキーワードが出てきて少しファンタジーな色も出てくる物語ではあるのですが、相変わらず神田先生らしい優しい物語は本作も健在でした。

 

現代社会で相手の顔色をうかがいながら生きていくことなんて誰もが身に覚えのある生き方でしょう。SNSの普及で家にも逃げ場がなくなる学生なんて容易に想像できてしまう世の中です。

 

仲間外れにされたくなくて周囲の温度に合わせて、演じたくもないキャラクターを演じることで居場所をつくる。とても生きにくい世の中です。

 

そんな中、ヒロインの蒼月水悠はまったく空気も読まずに周囲を拒絶します。一匹狼で冷たい言葉を放って、まったく群れようとすらしない。ただ孤高のキャラクターとしては描かずに、本当は誰かと関わりたいけれど、そうしないといけない事情を抱えていたのはある種、新鮮で人間味を感じました。

 

何よりもこの物語の美しいところは蒼月が言いたいことを言えるようになりたいと願うようになって、その気持ちが夜船の背中も押すところにあります。

 

夜船が自分自身を嫌って自身を露悪的に評するシーンは印象に残っています。なりたくない自分でいるのは自分なのに、それを辞められなくて、けれどそんな自分が持てはやされて、優しいと言われる。そこに耐え切れずに心中を吐露するのは実に青春っぽくて大好きな箇所です。

 

そんな夜船を丸ごと受け止めて頭を撫でてまでくれる蒼月の心の優しさにも胸が締め付けられました。

 

それになんといってもラストの挿絵が素晴らしかった。

蒼月さんはやくデレてくれまだかまだかと待ちわびながら、くるぞくるぞからのあの挿絵は本当に破壊力が高かったと強く頭に焼きつきました。

 

また、夜船の信条でもあった傷つけられたくないから本当に大切なものを隠すという考え方は『言葉』にもかかっているのかなと思いました。

 

本当に伝えたいことはいつだって喉元を通らずに引っかかって、伝わってほしくない形で伝わってしまう。その象徴こそ、蒼月水悠そのものだと思いますし、言葉を額面通りに受け取る前にその人と関わることで初めて、その人が本当に口にしたかったことがわかるのではないかと。

 

新年から瑞々しい青春物語を読ませていただいて至福の時間でした。