かっぱの書棚

ライトノベルの感想などを書きます

火群大戦 01.復讐の少女と火の闘技場<帳>/熊谷 茂太

 

お気に入り度:★★★★★

 

<感想>

絶望的な世界の先に横たわる僅かな救いが染みる!!

復讐を誓う少女が辿り着いたのは、【火】で殺し合う戦場だった。

すべての人には加護がある。
しかしそのどれもが祝福されているわけではない。

「禍炎」と呼ばれ、忌み嫌われる【火】の精霊を宿す少女は、
自らの同胞を殺した仇を探していた。やがて彼女が辿り着いたのは、
共和国最大の祭典――通称<帳>。
少女と同じく【火】の精霊の加護を持つ人々を集め、殺し合いをさせ、
そして見世物にするという残酷極まりない狂宴だ。

同胞の亡骸のもとに、まるで招待状のように遺された<帳>への
参加票を手に、少女は激戦の舞台へと臨む。決勝トーナメント出場者、
全8名。暴き出せ。この中に、仇がいる……!?
第34回ファンタジア大賞《金賞》受賞作、開戦!!

 

第34回ファンタジア大賞《金賞》を受賞した本作は、これぞファンタジア文庫と呼ぶに相応しい骨太なファンタジーで紡がれる新人賞となっていて非常に読みごたえがあって頁を繰るごとに引き込まれていく一作でした。

 

読む人が読めば詰め込みすぎだと思う個所もあるにはあるのですが、僕はそれこそが新人賞の醍醐味だと認識しているところがありますし、熱量で自分の書きたいものを描き切るという意味ではこれこそ新人賞の王道ではないかと思うのです。

 

それに「少女はなぜ〈帳〉で戦うことにしたのか?」という大きなテーマを追いかけながら次々に登場する個性的なキャラクターと深みのある人間ドラマが物語の先を常に求めてしまって、その先に広がる光景はこんな残酷な舞台の上に成立しているストーリーなのにきっと救いはあるんじゃないかと前向きな気持ちにさせてくれる余韻があって、終わった後に読んでよかったと素直に思いました。

 

物語は、人々から忌み嫌われてきた「禍炎」と呼ばれ【火】の精霊の加護を持つ者たち同士が己の能力を武器に殺し合う、ドゥール・ミュール共和国にて年に一回開催される【火の祭典】と呼ばれる〈帳〉を舞台に展開されます。

 

主人公はのちに〈徒手拳士(ゼロフィスカ)〉とも呼ばれる少女で、彼女は〈火喰〉と呼ばれる他の【火】の精霊の加護を持つ者たちの火を喰らう能力を持っているのですが、彼女がどうしてこの〈帳〉に参加することになったのかという理由を追いかけるのが物語の本筋になります。

 

その理由は故郷の同胞たちを皆殺しにした犯人を見つけるというもの。〈帳〉の参加証とも呼べる銀板が残されていたことから彼女は【火】の祭典に目をつけて、参加者の誰がこんな残忍な罪を犯したのか犯人を捜していくというストーリーラインになります。

 

この物語が何よりも面白いのはその犯人探しの過程にあると思っています。犯人がいったい誰なのかということを横に置いてしまうくらいに出てくる登場人物がいちいち良い味を出していて、またそれに連なるエピソードがぐっと心を掴んでくるんですよね。

 

ここで大事になってくるのが【火】の精霊の加護を持つ〈禍炎〉たちは人々から忌み嫌われているという設定です。これは一種の人種差別と表現することもできますが、【火】の人間であるだけでやりたいことを奪われ、なりたい者になれなかった人たちでもあるんですよね。

 

その代表的なのがやはり本戦で一番最初にぶつかることになった医者志望のアイザックだと思うんです。十分にその素質はあったはずなのに最後の最後で【火】の精霊の加護を持つ者としてなりたかった医者としての夢を奪われたんですよね。

 

彼がどこまで追い詰められていたのかはその後のエピソードで明かされることになったりもするのですが、主人公であるフィスカが本戦で彼のことを殺せないと言った理由がまたストーリー上的にも彼女のキャラクターを説明する意味でも綺麗にハマっていてもうその頃には早く続きを読ませてくれという気持ちになっていました。

 

他にも個性的なキャラクターは幾らでも登場してきます。

 

最初から徹底して胡散臭い空気を放つユルマン。

素性や能力を隠しもせずに堂々とした佇まいの目立ちたがり屋のローズリッケ。

闘技場を囲っている帳を破壊することを願っているカンナビス。

共和国の体制を揺るがそうと目論んでいるアビ。

 

そんな〈禍炎〉を初めとして、共和国と敵対している帝国側の諜報員であるカトーとパトラッシュは〈帳〉の裏側でもうひとつの真実をつかみ取ろうと暗躍していて。

 

各々の目論見が最後には交錯して手を取り合う形で共和国の現状を糾弾する流れに繋がっているのは見事の一言でした。

 

結局のところ、この物語の着地点としては【火】の精霊の加護を持つ者たちを無条件に吊るし上げていたけれど、果たしてそれで本当に良いのかという問題提起になっています。

 

これは現実の世界でも通ずる話で、残忍なことをする人間が残忍なのであって、人を傷つける能力を授かったとして、それは使う人に委ねられるものであって、それだけで誰かのことを蔑ろにしていい理由にはならない。

 

また、フィスカを取り巻く環境についても個人的にとても好ましかったです。誰かのことを傷つけてしまう【火】を恐れて、人から距離を取ろうとした少女が温かい仲間たちに恵まれたがゆえにフィスカの人物像をつくったのだとしたらそれはとても強い説得力だと思いますし、何よりもラストでフィスカが黒幕を迎え撃つシーン。

 

〈禍炎〉と呼ばれた少女が〈風炎〉という同じ読みの絶技で未来を切り開くという流れは最高にエモくて、これに触れた瞬間は幸福感に満たされました。

 

いやあ、読後感もばっちりで続刊の行方が本当に気になります。フィスカとしては亡くなってしまった仲間の思い出を胸に旅に出るということですが、次なる物語としてはどのように展開していくのでしょうか。

 

四精霊という単語も出てきましたが【地】【水】についてはノータッチなのでその辺りを掘り下げた物語なども出てくるのかもしれませんね。

 

あと、ユルマンが最後にフィスカに本当の名前を問いかけるシーンがあります。フィスカが自分の名前を答えるこのシーンに彼女のらしさが抜群に詰まっているので、是非とも多くの人に触れていただきたいと思った次第です。