かっぱの書棚

ライトノベルの感想などを書きます

英雄世界の英雄譚/空埜一樹

 

英雄世界の英雄譚 (ダッシュエックス文庫)

英雄世界の英雄譚 (ダッシュエックス文庫)

 

 お気に入り度:☆★★★★

 

 

<感想>

落ちこぼれ魔法使いが紡ぐ王道ストーリー開幕!!

 

あらすじ

主人公・グレン=カザカスは落ちこぼれの魔法使いだ。魔法を上手に扱えないグレンは毎日のように同じ魔法使いであるジーク・ティナーに『訓練』と称して痛めつけられる日々を送っていた。それでもグレンは百年前に【聖女】リディアを助けた謎多き魔法使い【白銀の英雄】に憧れを抱き、今日も立派な魔法使いになりたいと考えていた。そんなある日、巨大な地震に襲われたグレンは目を覚ますと百年前の世界にタイムスリップしていた。百年前の世界は魔法を使える者と使えない者で激しい差別が行われていた。そこでグレンは平等な世界を求めて活動を行う解放軍と出逢う。そのリーダーである少女はかつての【聖女】リディアその人で。言い伝えとまるで違う人柄のリディアに動揺しながらもグレンは彼女の真っ直ぐな姿勢に心を動かされていく。解放軍との旅を通して臆病者グレンの成長を描いた王道異世界ファンタジー、開幕!!

 

ベテラン作家らしい堅実な一巻となっていて素直に続きを読みたいなと思わされました!

近頃の主流としては、やはり主人公像としてとことん臆病者で腰が引けてるキャラクター性というのは昔に比べても随分少なくなった気がします。弱くてもそれを覆い隠したり、強気に振る舞ったりすることでうまいことギャップをつくるのが一般的でありウケがいいとされていると僕は勝手に思ってるのですが、この主人公は見事なまでに臆病をそのまま切り取って人間にしたかのような性格をしています。

 

何か成果を出しても及び腰で控えめで自分にとことんまで自信がない。それは序盤で描かれてきた境遇ひとつ取っても理解できることではあるのですが、ある意味でそのキャラ付けが一周回って新鮮だったなぁと。なんだかんだうじうじしてる主人公も僕は好きなんです。

 

ストーリーとしては異能ファンタジーとタイムスリップという王道と王道を組み合わせた構図になっていて、異世界転生ではなく敢えてタイムスリップを選択したのは良かったところかなと。

 

この物語はなんといってもリディアに尽きます。リディアがどれだけ人を惹きつける魅力を持っていて、皆を率いる行動力を備えているか。それはタイムスリップする前からグレンが『リディア王国建国記』を愛読していることからも予想できます。

 

そのリディアのキャラクターがばっちりでした。凛々しく雄々しく解放軍のリーダーとして身体を張り続ける姿にグレンが心を動かされていくのは大いに共感できます。軍のトップとしては行動がやや感情的すぎたり、隙がないとは決して言えませんが、国の未来だけを見つめているのではなく、”今”も大事にした綺麗事だけではない真っ直ぐな彼女だったからこそグレンは弱虫な自分から変わろうと決意したのでしょう。

 

グレンに関しては場面場面では突っ込みたくなるくらいに臆病で弱虫です。ただ最初から理由のない自信を持った完成された主人公より、こういった弱虫でめそめそした主人公が色んなものに支えながら少しずつ成長していく物語はやっぱり好感がもてて僕は大好きです。グレンの成長が楽しみな一作です。

 

物語はまだまだ始まったばかり。ここからの展開に期待したいところ。グレンの元に訪れた変化は必ず彼を良い方向に導くだろうし、気になるのは今回の一件が歴史上では確定事項だったのかがわからないところ。それを引き金に未来は変わるかもしれないし、はたまたこれはただの既定路線に過ぎないのかが明かされないところが憎らしいですね。

 

これは臆病者が正義のため無い勇気を振りしぼり理不尽に立ち向かう物語。もうグレンは一人じゃない。解放軍のメンバーと、そしてリディアとどのような未来を迎えるのか先を追いかけたいと思いました。