できそこないのフェアリーテイル/藻野多摩夫
お気に入り度:★★★★★
<感想>
真っ直ぐに描かれた心が真っ直ぐ物語に絡みつく感覚!!
妖精に春を盗まれた街、ベン・ネヴィス。この常冬の街で灰色の生活を送っていた少年・ウィルは、ある日、雪の中にひとりでたたずむ少女・ビビと出会う。「フェアリーテイル…か」「妖精に盗まれたの。私の大切なもの。私、それを取り返したい!」一人前のフェアリーテイルになって、妖精から盗まれたものを取り返したいビビと、同じく大事なものを失っていたウィル。どこか似たところのある二人は惹かれあい、お互いの“失われたもの”を取り戻す旅に出ることを決めた―。これは、できそこないの少女と少年が綴る、妖精を巡る冒険譚。
はい、めーちゃくちゃ良かった!!
ファンタジー世界を舞台にした王道の旅モノなんですけど『妖精』という設定が見事に作品にハマっていて物語に味をだしていたなあ、と。
物語は『妖精』に春という季節を奪われた街──ベン・ネヴィスから始まります。とっくに冬を越したはずなのに雪が積もり吹きつける灰色の街は始まりの場所としてはどこに行くでもなく、何をするわけでもない主人公・ウィルの心境とリンクした舞台になっていたと思います。
そんな冬という季節で立ち止まったままの街でウィルは一人の少女・ビビと出会います。ビビは人々から色んな物を盗んでしまう『妖精』と会話をすることで奪われた物を返してもらう存在──フェアリーテイルになりたいと思う少女でした。
なぜならビビは自分にとって大切なものを『妖精』に奪われたから。そしてウィルがそんなビビの言葉に扇動されたのもやはり『妖精』に大切なものを奪われた経緯があったから。
大切なものを奪われた同士である二人が色々な『妖精』の略奪事件に巻き込まれながら大切なものを取り戻す旅が始まるまでが導入部でしょうか。
まずウィルとビビの関係性が尊いなぁと思ってしまうのは同じ悩みを抱えながらも正反対の行動を取っているところ。大切なものを取り返そうと春の日差しのようにあたたかなビビと一度失くせばもう取り戻せないだろうと心のどこかで冬に積もる雪のように諦めを抱いているウィル。
ベン・ネヴィスという冬のまま停滞した季節をビビと一緒に動かしたウィルが重い腰をあげて旅を始めることを決意するまでの流れは物語とリンクしていてずるいなぁと思ったり。
あと、リプツィカヤがずるい。ぶっちゃけ端役なんですけど、いい女なんですよ。ウィルのことが大好きで大好きだからこそウィルの心を奪った。奪ったから豊かな表現力を手にすることができた。けれど、反対にウィルとは会えなくなった。ウィルの物語を読めなくなった。
この事実に対して彼女は最後まで触れません。ただビビを後押ししたことがすべてなんですよね。こんなはずじゃなかった。ウィルのことが好きで、ウィルの書くお話が好きだったからこそ彼女はウィルの心を奪おうと思ったんですよね。
その辺りを口にはせずに清々しい行動だけで魅せる物語回しが非常に憎い!
というかビビがウィルに助けられたまま物語が終わらないというのがこれまた憎い。ウィルって確かに自分の書いた物語のヒロインが主人公に助けられっぱなしなことに納得がいってないんですよね。おまえはなにもしていないじゃないかって。まるでそこを補うようにビビはウィルのために妖精王にお願いに行く。ずるくないっすか?
最後にタイトルの「できそこないのフェアリーテイル」ってフレーズ、僕はすごく好きです。好きになりました。というのも作品の外側だけをなぞったときにこのタイトルってちょっと浮いちゃってるなって思うんです。世界観とアンマッチというか。
ただ読み終わった後に考えるとこれダブルミーニングなんですね。そのまま作中の設定から引っ張ってきたフェアリーテイル。つまりビビのことを指して『できそこない』だと言っている意味と、作中の『夏の囁き』。これに対してできそこないだと皮肉っているニュアンスにも受け取れます。だってウィルとビビは『夏の囁き』より一歩踏み込んだ物語を経験したんですからね。そしてビビが疑問に思ってウィルも適当に返した『夏の囁き』のその後の物語。それは自分たちがこれから作り上げていくことができる。だからこそのできそこない。
ここまで深い意味合いになるとは思わなかったタイトルなのでびっくりしてます。
できそこないのフェアリーテイル、おすすめです!