かっぱの書棚

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混沌都市の泥棒屋/間宮真琴

 

混沌都市の泥棒屋 (ダッシュエックス文庫)

混沌都市の泥棒屋 (ダッシュエックス文庫)

 

 評価:☆★★★★

 

 

 

<感想>

過去から目を背けた少年と過去を追い求める少女の対比が良い!

 

舞台となるのは常識も失くした混沌都市だ。この街には魔物や妖精、エルフまで存在すれば魔法も科学も何でもござれ、<混沌>に名前負けしない巨大都市。そこで泥棒屋として生計を立てる少年・クロは今日も普段と変わらぬ泥棒業に精を出していた。ところがある日、一人の依頼人がクロの元を訪れる。少女の名前はマリア。父親宛てに届いた泥棒屋のみが参加する晩餐会の招待状を握りしめて一緒に参加してほしいのだと懇願してくる。しかし、クロには彼女の依頼を受けることができない理由があった。過去から逃げ続ける少年と父の過去を知りたがる少女が出会ったとき、ゆっくりと物語は幕を開ける──

 

この物語の魅力はどこかと訊かれるとやはり一番に独自の世界観が目を惹くところでしょうか。当然とされる常識も倫理も失くした混沌都市では泥棒だっているし魔物だっていればエルフだっている。科学も魔法も共存して、何でも有りなごちゃ混ぜの世界。だというのに絶妙なバランス感覚で成立させているのが面白い。物語の導入部分でこの世界でどのようなお話が展開されるのだろうと先への期待が膨らむのは良い作品の条件だと思います。

 

物語の本筋は父親の過去の真相を探すマリアの自由奔放さに主人公が巻き込まれて情に絆されていくというところにあると思います。というのも、このマリアは純粋培養のお嬢様で混沌都市とは無縁な生活を今まで送っていたんですね。だから、父親の過去を求めて出てきた街は彼女にとって知らないものだらけなんですよね。傷つくことになろうが父親の本心じゃなかろうがマリアは自分の足で歩くことを決めた。もう父親はいないのだから。そう決断してただ真っ直ぐに純粋にクロの元まで漕ぎ着いたマリアの心の強さに惹かれれるのと同時にこれはクロとの対比になってるんですよね。隠された過去に縛られたまま同じ場所から動くことができなくなったクロとは正反対のマリア。読めば読むほど色濃くなるその対比が本作の一番大事なところかなあと思います。

 

またこの秘められた過去というのが面白い。闇を抱えた主人公に対する説得力というのは、総じて誰にも語らずに背負ってきた過去が物を言うと思います。どれだけ凄惨な日々を送ってきたか。だから取ってしまう態度がある。そこをふんわりと逃げることなく描くことができているのはクロに対しても、そして他でもない物語への説得力を強調するファクターとしてうまく機能できているのも地味ではありますが美点だと感じました。

 

キャラクター面となるとエルフであるサーシャが僕の中では頭一つ抜けてます。いい女すぎてたまらない! まるでクロの愛妻のような言動をする彼女の振る舞いにイチイチ胸を撃ち抜かれます。あとがきで作者さんが語られているように物語の本筋とは関わりのないキャラクターなんですよねサーシャって。かくいう僕も最初こそお色気担当のキャラクターなんだなあと感じていたのですが、クロへの圧倒的な忠誠心や二人きりのときだけに見せる表情は決して契約や仕来りなどではない確かな彼女の本心を感じさせてくれます。これがトキメキか!

 

あと、ツバキ隊長もいいですね。男勝りな良いお姉ちゃんという印象で、クロの過去を知る物語の舞台装置的なキャラクターで終わることなく要所要所に見せ場を用意されていたのもポイントが高いです。

 

と、全体的にキャラクターの配置や扱い方も巧かったからこそ僕はどうしても黒幕の扱いに首を捻らざるを得ません。ラストでガツンとひっくり返すような情報の出し方をした方がラストは心が動くシナリオになったのではないかなあと素直に思いました。

 

さてさて、新人賞ということだったのですが大胆な舞台を使いながらも綺麗にお話をまとめることができていてキャラクターも可愛く仕上がっている。ダークファンタジー作品としてお色気やコメディもある非常に質の高い一冊となっているのではないでしょうか。続刊に関してはないのかなあとも思いますが作者さんの次回作には期待の持てる良著と言えると思います。