かっぱの書棚

ライトノベルの感想などを書きます

お姉ちゃんといっしょに異世界を支配して幸せな家族を築きましょ?/雨井 呼音

 

お気に入り度:☆☆★★★

 

 

<感想>

世界を人質に互いを愛した姉と弟のワガママが絡み合う物語!!

 

さあ、異世界に行って結婚しましょう?


異世界に行って結婚してくれませんか?」
突然現れた名も知らぬ美少女のセリフにあわてふためく俺だったが、どうやら彼女自身のプロポーズではないという。
彼女は使者であり、行方不明になっていた俺の姉が、実は異世界に転生していて、そのメッセージを伝えに来たらしく――。
「お姉ちゃんのこと好き? なら、異世界で結婚しましょう? あなたのために都市を支配したんだから」
……どうやら弟との結婚を可能にするために異世界に行き、都市のルールを変えるほどの無双をしていたみたいである。
――そう、俺の姉は異世界最強の支配者『らしい』。

 

第17回MF文庫Jライトノベル新人賞優秀賞を獲得した本作は、実にMF文庫らしい作品に仕上がっていたなと思いました。独自の世界観の上で、個性豊かなキャラクターが息をしながら徐々に世界をも巻き込んでいくお話。

 

物語は主人公である笈川野分《おいかわのわき》が唐突に姿を見せた美少女から「異世界に行って結婚してくれませんか?」とぶっ飛んだプロポーズをされるところから始まります。結局のところ、それはきっかけに過ぎず、世間では生き別れたという話になっていた姉との再会を予見させるプロローグ。

 

正直に言って、掴みはばっちりだったと思います。そこから垂れ流される姉である笈川葉桜《おいかわはざくら》への絶対的な信頼であったり、心から彼女を愛している野分の感情も特徴が良く表れていました。

 

そしてなにより面白いのはブラコンの枠をも飛び越した葉桜のその行動力にあるのではないかと思うのです。異世界でルールを変えれば弟と結婚できんじゃんなんて妄想を掲げて、それを実現できてしまう彼女の感性に読者は度肝を抜かれることでしょう。

 

ああ、この姉はヤベー奴だなと認識したうえで、世界すら超越したプロポーズを両断してしまう野分もこれがなかなかヤバイ奴なのだと分かってしまえばこの作品のプロローグが完成です。

 

個人的にとてもインパクトの大きな助走だったと感じました。とはいえ、そこからの展開がおそらく読者の好き好き嫌いを分かつ分岐点になるのではないかと思うのですが、設定語りや状況説明といったものが独特の言い回しで冗長に描かれていくのです。

 

新人賞の作品ではよくあるパターンなのでそこ自体は特別に拒否感を出す人間ではないですし、そこにこそ作者のらしさが詰まっているだろうとは思うのですが、長々と語ったあとに大事なところは「葉桜だからしょうがない」とネタとして流してしまうところが個人的には厳しい印象を持ってしまいました。

 

設定が頭から抜け落ちる感覚といいますか、それで説明できちゃうなら序盤の設定はそこまで重要じゃないのか? という疑問を抱えながら先を読まないといけないことあって、中盤への物語の展開に乗り切れなかったところがあったんですよね。だから、むしろここをするっと読み飛ばせる人には強くオススメできるのではないかと!

 

キャラクターも個性的な布陣をざっと揃えていて、そこはライトノベルとしての水準を非常に高く感じました。『天使』と呼ばれる天束涼《あまつかりょう》はこの地域の学生が多くその存在を認知する存在であるし、都市伝説の調査をSNSで拡散する氷山凍《ひやまいてる》、そして異世界の存在を知らした使者などなど。

 

葉桜だけでなく、個性的な面々が作中の設定を支えるようにして躍動する様はエンターテイメントとして読んでいて楽しいものでした。

 

また、ジャンルとしては異能バトル物と呼んでもいいのかなと思うのですが、その展開も読む前からは想像できていなかった部分なので意外性という意味でもアリなのかなと。野分を異世界へと呼びこんで二人の生活をしたい葉桜と、現実世界で葉桜との日常を過ごしたい野分という理想の対立ということで納得感も大きい。(いや、お前らどっちか譲歩して世界に優しくしろよと言いたくはなりますが。笑)

 

なので、異世界姉弟という要素を中軸に据えながらも、異能バトルであったり、個性的なキャラクターで織りなす駆け引きなど多方向からの楽しみ方ができることこそ、この作品の魅力だと感じました。