かっぱの書棚

ライトノベルの感想などを書きます

─異能─/落葉沙夢

 

―異能― (MF文庫J)

―異能― (MF文庫J)

 

 お気に入り度:☆★★★★

 

 

<感想>

自分の人生は君だけが主人公なんだということ!!

自分の凡庸さを自覚している大迫祐樹には成績優秀で野球部エースの赤根凛空と学校一可愛い月摘知海という友人がいる。―自分は二人の間を取り持つモブキャラなのだ。しかしある日大迫は知海と二人で映画に行くことになってしまう。「デートだね」とはにかむ彼女に戸惑いながら帰宅した大迫の前に、見知らぬ少年が現れて問う。「君の願いは、なにかな?」それは異能を秘めたモノたちへのバトルロワイヤルへの招待だった。「僕…の中にも異能があるのか?」だがそれすらも完全な思い違いだったのかもしれない―!!予想を覆す怒涛の展開。審査員評が完全に割れた事件的怪作、刊行。

MF文庫新人賞において見事な審査員特別賞受賞作。

快作というのも頷ける内容でした。

 

物語の大筋としては特別な異能を抱えた少年少女が互いの叶えたい願いのために、1vs1のバトルロワイヤル形式で勝ち残るまで争い続ける異能バトル物。一人ずつ姿を消していく登場人物。彼ら、彼女らは何を願ってどう戦っていくのか。それぞれの登場人物が何を考えていくのか描かれるのがいいですね。

 

ここからはがっつりネタバレしてるのでご注意あそばせ。

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品、異色なのはストーリーというよりは章立てにあると思います。というのも本作の主人公は迷いなく祐樹だろうと誰もが思う中、彼は速攻に本作から退場させられてしまいます。まず第一のびっくりはそこ。

 

続いて、もちろん主人公だと思っていた祐樹視点で物語を追いかけていると、赤根凛空ことアカの主人公感ってヤバイわけですよ。野球ができて勉強もできて周囲からの人望もあって、おまけに顔までいいときた。チートもチート。けれど、そんなアカも速攻に物語から退場してしまいます。

 

主人公になれないと冒頭から自身を下げていた祐樹の言葉がそのまま物語として反映されたような気にさえさせられます。このように登場人物それぞれの視点に立ちながら物語が一転も二転も展開されていくのでテーマである「主人公とはなんだろう?」という側面を自然と考えるようにもっていくのは間違いなくうまかったと思います。

 

また、本作はジャンル区分けするのなら『異能』を扱った現代バトルファンジーになると思うのですが、ミステリ的な要素も含んでいます。というのもヒロインである月摘知海の兄にあたる月摘重護が警察官として出てくるからなんですね。とらえ方によっては、これは彼の物語でもあると思います。

 

読者としては裏で何が起こっているかをいろんな角度から網羅しているため、熱心な彼の捜査によって物語が少しずつ読み解かれていくのは、物語の楽しみかたとして別腹な感じがして純粋に面白かったなあ、と。

 

それにしても祐樹の異能は面白い。「自分を殺した相手へと憑く異能」。だからこそ彼は赤根凛空でもあるし、轟巧でもあった。いろんな人の人生もまるで自身であるかのように経験できる。それは言ってしまえば読者と同じ立場でストーリーを俯瞰しながら祐樹は物語に居座り続けたということなんですね。面白い発想だなあと思ったり。

 

最後まで読んでしまうと、やはり著者は誰でもが主人公だと伝えたかったのかなと個人的には思います。目まぐるしく視点を変えて紡がれた物語には外から見てるだけでは理解できないその人だけのドラマがそこにはあって、それは物語の構成から容易に読み取れます。志半ばで敗れていくにせよ、その人はその人の人生においては充分に主人公だったことに他ならないと思わされます。

 

祐樹は確かに凡庸な男の子なのかもしれない。男子高校生の世界なんてイケメンであったり、勉強ができたり、運動神経がよかったり、その程度の物差しでしか自分を計ることができないことが年頃なのかもしれない。

 

それでも、知海にとっては彼だって主人公に違いなかった。それは作中でも言及されていたし、自身が特別になれるかもしれないと考えるきっかけにもなった彼の『異能』を通して、様々な人の人生をともに経験することで、人より突出した人たちでも同様に悩みや葛藤を覚えながら生きていることを祐樹は知った。

 

万能な主人公なんてどこにもいない。それが高校生なら尚更のこと。だからこそ本編ラストを飾る言葉が「僕のヒロインになってくれますか?」なのは、異能という人より優れた力に翻弄された人たちを描いた物語のとっておきの救いになっていると感じました。

 

最後の祐樹の笑顔の挿絵が脳裏に焼き付いています。こんな素敵な笑顔ができるのは主人公だけに決まってる。自分に自信がなくて”僕なんて”と卑下することしかできなかった祐樹の成長に拍手を贈りたいと思いました。