かっぱの書棚

ライトノベルの感想などを書きます

月とライカと吸血姫/牧野圭祐

 

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

月とライカと吸血姫 (ガガガ文庫)

 

 評価:★★★★★

 

 フリック&ブレイクの牧野圭祐の新作!

 

<感想>

心に染み入る物語だった!

 

時は1960年。東のツィル二トラ共和国連邦と西のアーナック連合王国の両国が宇宙開発競争を繰り広げていた。共和国はロケットで人を宇宙に送り込む「ミェチタ計画」を発令。その裏では秘密裏に実験飛行を人間の代わりに吸血鬼を使う「ノスフェラトゥ計画」が進行していた。人間の代わりに宇宙へ旅立つ吸血鬼の名前はイリナ。そんな彼女のことを監視、訓練するマネージャーに任命された主人公・レフは人と違う彼女との付き合い方に戸惑いながらもイリナが宇宙へ飛び立つ日までサポートすることになるのだが──

 

今の時代にこういう純然なボーイミーツガールというのは一周回って新鮮味を感じたりしますね。宇宙開発競争や冷戦といった過去の史実を元に組み上げた物語が無骨でシリアスで現実的だからこそ作品全体の説得力が増しているように思います。

 

ロケットや吸血鬼という単語を聞くと派手でダイナミックな物語展開を予想しますが、本作は宇宙飛行士となるための訓練の続く日常がメインに描かれます。ただ、そこに夢を追いかけたいが現状は難しい人間の少年と、夢のために嫌いなことさえ飲み込んで従う吸血鬼の少女という対比構造のキャラクターの配置が物語を程よく盛り上げてくれます。

 

最初はいがみ合っていた二人が訓練を二人三脚で進めることにより徐々に気持ちも近づいていく様を二人の視点から繊細に、丁寧に描き切ったところが大満足。無駄が一切なく、訓練と同時並行で二人の心の距離が縮まっていく描写が如実に示されてるんですよね。過程がしっかりしているからこそラストのやり取りへの納得感も増していたように強く感じました。

 

二人の物語である一方でこれはイリナの物語だなって思う僕がいます。というのも、ずっと過去に縋りイメージに縋りつづけたイリナが終盤には成長することで、初めて未来を見始めるんです。そこが素晴らしい。月と地球。遠く離れても二人が本当の意味で離れ離れにならないように、二人の心の機微は丁寧に執拗に描かれてきたんだと。ここで僕らも初めて気づかされるんですよね。お見事。

 

キャラクター的には僕はコローヴィンを推したいんですよね。本作は少年と吸血姫の二人の物語としても完成度は非常に高いんです。徐々に近づく心の描き方はお手本のように絶妙であると言わざるを得ない。ただ、この物語って宇宙開発競争を主題としたお話でもあって、二人だけで完成されるお話ではないんですよね。ロケットをつくるのにも訓練をするのにも膨大な人の手が必要とされたはずです。そんな沢山の人の夢や希望を背負ってイリナは宇宙に飛び立つんですよね。それを思い出させてくれるように、ちょっとしたセリフなんですけどとても様になるセリフをくれるのがコローヴィンです。ぜひとも読んでみて実感して頂きたい。